WEKO3
アイテム
先インカ期中央アンデスの社会形態に関する歴史的解釈―ペルー中央高地南部アヤクチョ盆地のワルパ社会を例にして―
https://doi.org/10.50831/0002000035
https://doi.org/10.50831/00020000359d6aab3c-32ae-4012-83d1-555a9f86f377
名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
---|---|---|
DK2024-29 (940 KB)
|
|
Item type | 紀要論文(ELS) / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
公開日 | 2024-05-22 | |||||||
タイトル | ||||||||
タイトル | 先インカ期中央アンデスの社会形態に関する歴史的解釈―ペルー中央高地南部アヤクチョ盆地のワルパ社会を例にして― | |||||||
言語 | ja | |||||||
言語 | ||||||||
言語 | jpn | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | アンデス前期中間期 | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | ワルパ | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | アヤクチョ盆地 | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | ニャウインプキオ | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | 土器様式 | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | Andean Early Intermediate Period | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | Huarpa | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | Ayacucho Valley | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | Ñawimpuquio | |||||||
キーワード | ||||||||
言語 | ja | |||||||
主題Scheme | Other | |||||||
主題 | ceramic style | |||||||
資源タイプ | ||||||||
資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||
資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||
ID登録 | ||||||||
ID登録 | 10.50831/0002000035 | |||||||
ID登録タイプ | JaLC | |||||||
ページ属性 | ||||||||
内容記述タイプ | Other | |||||||
内容記述 | P(論文) | |||||||
著者名(日) |
西澤, 秀行
× 西澤, 秀行
|
|||||||
抄録(日) | ||||||||
内容記述タイプ | Other | |||||||
内容記述 | 紀元15~16 世紀に南米アンデスの広大な領土を支配したインカ帝国とは異なり,それより以前にアンデス各地の山岳部や海岸部に成立した社会―これらを「先インカ期社会」という―は今なお,一般にはあまり知られていない。なかでも,前期中間期後期(紀元2 世紀前後~6 世紀頃)にペルー中央高地南部のアヤクチョ盆地に興った「ワルパ」は,もっとも研究の進んでいない先インカ期社会のひとつといえる。そこで本稿では,今世紀初頭までのワルパ考古学の歴史を概観し,その社会の形態・複雑性に関してこれまでに示されてきた解釈を整理する。当初はペルー人考古学者を中心に,ワルパを国家的な統合を遂げた社会であるとする見方が主流であった。ところが,1970 年代よりアヤクチョで本格的に考古学調査を始めた米国人研究者らにより,現在では,ワルパをチーフダム社会と捉える見方が優勢である。後者の見解では,アヤクチョ地域で国家社会が成立するのは,ワリが台頭した中期ホライズン期(およそ紀元600 年~1000 年)になってからとされる。 | |||||||
言語 | ja | |||||||
雑誌書誌ID | ||||||||
収録物識別子 | AA12560733 | |||||||
書誌情報 |
ja : 江戸川大学紀要 巻 34, p. 455-465, 発行日 2024-03-15 |
|||||||
出版者 | ||||||||
出版者 | 江戸川大学 | |||||||
言語 | ja |